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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1009号・昭53年(ネ)3317号 判決

第一 仮登録抹消登録請求について

一 控訴人と被控訴人との間に昭和四三年五月一〇日本件特許発明に関し控訴人を実施権者とする通常実施権許諾の契約(本件契約)が締結され、被控訴人がその後昭和四七年九月三〇日右発明につき特許権設定の登録を得るにいたつたことは当事者間に争いがない。

二 ところで控訴人は、通常実施権の許諾を受けた者は、許諾を受けただけで特許権者に対しその旨の登録手続を請求できる旨主張するのでこの点について考える。

許諾による通常実施権は、許諾契約の締結のみによつて発生し、その登録が権利発生の要件とはされておらず、ただ登録を経たときには、特許法第九九条第一項の規定による効力を有することとなるに過ぎない。そして、通常実施権にあつては、許諾者は、同一内容の実施権を複数人に与えることができ、また、許諾契約に特段の定めが存しないかぎり、実施権許諾後自らも実施することができるのであり、このように、通常実施権者は、許諾契約によつて定められた範囲内で当該特許発明を実施することができるものの、その実施権を専有するわけはなく、許諾者に対し右の実施を容認すべきことを請求する権利を有するにとどまるから、通常実施権は当然には右法条の規定による効力を有するということはできず、また、この効力を具有しないとその目的を達しえないものでもない。したがつて、通常実施権に右効力を与えるか否か、換言すれば、その登録をするか否かは、関係当事者間において自由に定めうべきものであり、通常実施権の許諾がされただけで当然に許諾者に対しその登録手続を請求することができるものではなく、これを請求しうるのには、当事者間にその旨の特約がなければならないものと解するのが相当である。

控訴人のこの点に関する主張は、採用できない。

二 そこで、進んでこの登録の特約があつたか否かについて検討する。

1 まず、通常実施権許諾契約(本件契約)のされた経緯についてみるに、原本の存在と成立に争いのない甲第一号証、成立に争いのない乙第一号証、第二号証の三、原審証人林田力の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証の一、二、原審証人岡村修匡、同森秀明、同林田力、原審及び当審における証人池谷克己の各証言並びに原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人と被控訴人との間には、昭和三一年ころより、被控訴人が控訴人に対し、控訴人が製作販売する自動二輪車の部品である燃料用タンク等を継続的に製作供給する取引関係が生じ、昭和三六年ころからは右取引が急速に増加するにいたつていたところ、被控訴人は、昭和三九年九月三日自動二輪車用燃料タンクの製造方法に関する発明につき特許出願をし、昭和四三年三月一一日出願公告がされた。控訴人は、同月一五日ころ特許公報によりこの事実を知つたが、右発明が自社の販売する自動二輪車の燃料用タンクに関するものであつて、当時右タンクの大半を被控訴人へ発注して供給を受けていた関係上、被控訴人がこれについて特許権を取得するか否かについては重大な利害関係があるものとしてこれを重視し、特許異議の申立をしてこれを阻止する準備を進める一方、被控訴人に対しては、実施権の許諾を受ける交渉を行うこととし、同年五月六、七日ころ数日にわたつて、控訴人の当時の資材部長池谷克己が中心となつて、被控訴人代表者酒井卯太郎との間に実施権の許諾について交渉を行つた。右酒井は、かねてより控訴人からの発注にかかる燃料用タンクの製作価額が被控訴人の力関係によつて常に低額に押えられてきたとして根強い不満を抱いており、また、右発明が被控訴人従業員らの不断の研究と努力の成果であるとの認識から、たとえ実施権を許諾するにしても、以後受注価額の決定にあたつては自社の立場を少しでも有利にしたいとの願望があつて、無償による実施権の許諾には強い難色を示し、右交渉は容易に進展しなかつた。しかし、同月一〇日ころさらに折衝を重ねた結果、両者の間に、控訴人が特許異議の申立は行わず、また、それまで被控訴人のほかに控訴人へ燃料用タンクを供給していた高木鉄工株式会社(以下「高木鉄工」という。)との発注関係については、控訴人と被控訴人間で別途話合いを行つて解決することとし、被控訴人は控訴人に対し燃料用タンクの製作供給については個個に実施料を請求せずに実施権を許諾することに合意し、そのころ実施権の範囲につき「全部」、対価につき「無償」、高木鉄工の関係については前記の趣旨をそれぞれ記載した「通常実施許諾書」(乙第一号証)が作成されて控訴人に交付された。こうして、控訴人は右特許異議の申立は行わないことに決し、また、その後間もなく、控訴人が高木鉄工に対してしていた燃料用タンクの発注は、被控訴人に振り向けられるに至つた。

2 ところで、本件全証拠を検討しても、右の実施権許諾契約に関し、控訴人と被控訴人間に通常実施権の登録をする旨の明示の合意ないし被控訴人による承諾がされたことを認めるに足りる証拠はない。

3 そこで、黙示的承諾の有無について検討する。

(一) まず、<1>先に認定した控訴人、被控訴人間の取引の実体とりわけ控訴人の販売にかかる自動二輪車の重要な部品である燃料用タンクの大半が被控訴人によつて製作供給されていた実情に鑑みると、被控訴人が右タンクの製造方法に関する発明について、特許権を取得するか否か、また、その発明について通常実施権の許諾を得るか否かは、少なくともそれ以降の控訴人、被控訴人間における右タンクの発注価額の協定に限定して考えてみても、控訴人にとつて極めて重大な関心事であつたことは明らかであり、したがつて、右実施権について、特許権が得られた場合において、その登録を受けうるか否かもまた重要な意味を有するであろうことは推認するに難くなく、<2>本件契約においては、前記のとおり実施権の範囲は全部とされていたほか、数量的、地域的制限はなく、期間についてもこれを限定する約定がなかつたものであり、さらに、<3>前掲証人林田力、同池谷克己の各証言によると、本件契約締結の衝に当つた控訴人会社の池谷克己は、通常実施権の登録制度については承知していなかつたので、交渉の際に、登録そのものについては触れていないが、その特許係の職員林田力から手続上必要が生じたときは相談にのつてもらいたい旨被控訴人代表者酒井卯太郎に伝言して欲しいとの申出を受けていたので、本件契約成立の折その旨を伝えたところ、同人もこれを了承したことが認められる。

(二) しかしながら、他方、<1>本件契約に至る経緯をみると、前認定のとおり、被控訴人側には燃料用タンクの請負価格等に対する不満があつたことなどから、交渉は順調な進展を遂げたのではなく曲折を経てようやく合意に達したものであり、また、前掲被控訴人代表者尋問の結果によると、同人は右交渉において通常実施権の許諾とその登録とは別個の問題であるとの認識のもとに交渉に臨んでいたことが窺われ、これらの事実からすると、右交渉において登録の問題が表立つてもち出された場合には別の進展をたどつたのではないかと推認され、<2>前掲証人林田、同池谷の各証言によれば、控訴人会社においては、当時特許関係について専門の係(後に特許課に昇格)があり、本件契約締結の交渉は前記池谷が右特許係の意向に基づいて行つたものであり、しかも、前記通常実施許諾書が被控訴人から交付された後、同係により直ちにその内容が検討されたが、格別問題とされる点はなかつたことが認められるほか、その後昭和四八年四月本件仮登録仮処分がされるまでの間に、控訴人、被控訴人間に登録に関する交渉が行われたことを認めしめる証拠は全くなく、<3>弁論の全趣旨によれば、控訴人が当時被控訴人から通常実施権の許諾を受けるといつても、自らこれを現実に実施する意図ないし計画があつたわけではなく、したがつて実施について設備投資などを要するとかそれまでの燃料用タンクの製造や受給関係に変動を生ずることが予定されていたものではなく、他方、被控訴人においては、現在まで本件特許権を他に移転するなどの事跡のないことが認められ、そうだとすると、控訴人にとつて通常実施権が有償であるか無償であるかは重大な関心事であるにしても、右実施権の登録を得てその前示効力を取得するについてそれほどの必要性があつたとまではにわかに考え難く、<4>また、前(一)の<3>の点も、これが被控訴人に対し特段の法律的意味を有するものとするに足りる事情とは認められない。

(三) 右の(二)の<1>ないし<4>に記載の諸事情に前掲被控訴人代表者尋問の結果を併せ考えると、前(一)に記載の各事実があるからといつて、そのことから直ちに被控訴人が本件通常実施権の登録につき承諾をしたものと認めるには足りず、他にその承諾があつたことを認めるに足りる証拠はない。

4 よつて、控訴人の通常実施権登録の特約があつたとの主張は採用できない。

第二 通常実施権不存在確認請求について

一 被控訴人は、本件契約に基づく通常実施権は、控訴人、被控訴人間の正常な下請関係(被控訴人が控訴人に対し、自動二輪車用燃料タンクなどを継続的に製作供給する取引関係)の存続を前提としてのみ存在するもの(控訴人の責に帰すべき事由による右下請関係の消滅を解除条件とするもの)である旨主張する。

しかしながら、右主張を認めるに足りる証拠はない。のみならず、既に述べたとおり、本件契約当時、控訴人の販売する自動二輪車用燃料タンクの大部分は、被控訴人によつて製作供給され、本件契約後もこのような関係に変動を生ずることがさし当り予想されていたものでもないから、控訴人にとつて、通常実施権を保有することは、製作価格の算定等を除いては格別の意味はなく、むしろ、右の製作物供給関係が解消した場合においてこそ重要な機能を発揮するものというべきであり(当審における被控訴人代表者尋問中にもこのことを是認する供述部分がある。)、本件契約時に右下請関係の消滅を解除条件とするがごときことは、きわめて不自然であつて、被控訴人の右主張は採用できない。

二 次に、被控訴人は、本件契約は実施料という経済的対価を伴わない使用貸借類似のものであるから、使用貸借の法理が類推適用されるべきところ、右法理に従い契約を解除したから、通常実施権は消滅した旨主張する。

特許権につき通常実施権を許諾された者は、その実施が有償であれ、無償であれひとしく、法律の規定により又は当事者の合意により定められた範囲内において、業としてその特許発明の実施をする権利を有し(特許法第七八条)、第三者の行為によりその実施を妨げられたときは、許諾者には、通常実施権者が約定による実施をしうるようにすべき義務があり、また、当事者間に特約が存すれば、通常実施権の登録がされうるし(同法第九九条第一項、特許登録令第四五条)、通常実施権者が死亡したときも、その相続人がこれを承継する(特許法第九四条第一項)などの定めがされているが、一方、使用貸借は、無償で物の使用価値を利用させるため物の占有を借主に委ねることにより効力を生じ、利用後は、その目的物自体を貸主に返還するものであり(民法第五九三条)、使用貸借が効力を生じた後、第三者の行為によりその利用を妨げられても、貸主には、借主が約定による利用をしうるようにすべき義務はないと解され、また、使用貸借については、登記の制度もなく、借主の死亡により消滅する(同法第五九九条)などとされていることにかんがみれば、両者は、その法律的性質を著しく異にする。したがつて、通常実施権と使用借権とが無償であるとの点で一致することがあるからといつて、右通常実施権について、民法第五九七条第三項その他使用貸借に関する規定を類推すべきものとするのは相当でなく、また、通常実施権の存続期間が明示されていない場合についても、許諾の目的その他当事者間の具体的事実関係に徴し、その合意の内容を合理的に探究解釈して決すべきものであり、それが、時に、当該特許権の残存存続期間と認むべきこともありうるというにとどまる。

なお、本件においては、本件契約に際し作成された通常実施許諾書中には、なるほど「無償」との記載がある。しかしながら、<1>前認定のとおり、本件通常実施権の許諾に当つては、控訴人が特許異議の申立をしないことを条件としており、また、それまで控訴人が高木鉄工に発注していた燃料用タンクの受給関係は解消されてこの分が被控訴人に振り向けられたこと、<2>本件契約は、前認定のような経緯をたどつて成立したことからすれば、控訴人、被控訴人間のそれまでの長年にわたる燃料用タンク等に関する多数のかつ多額にわたる取引が相互に密接に関連し合つて存在する中にあつて、これら取引の一環として行われたものであると考えられるから、本件契約のみをとらえて、それが無償であるか否かをにわかに決することは困難な事情にあること、<3>既に述べたとおり、控訴人は、当時通常実施権を取得しても、これを自ら実施することを予定していたものではないから、その実施に対応する経済的利益がいかほどであるかも明らかでないこと、以上の諸事情を考慮すると、前記許諾書に無償との記載があるからといつて、本件通常実施権が対価を伴わないものであるとすることはできず、他にこれを反対に認むべき証拠もない。そうしてみると、いずれにしても、被控訴人の主張は採用できない。

三 さらに、被控訴人は、本件契約は控訴人、被控訴人間の信頼関係の存続を前提とし、控訴人に背信行為があるときは、被控訴人に当然に解除権が発生するところ、控訴人はその責に帰すべき事由により被控訴人との下請関係を消滅させる背信行為を行つた旨主張する。

ところで、前掲証人岡村修匡、同池谷克己の各証言及び前掲被控訴人代表者尋問の結果によれば、控訴人は、昭和四六年五月二五日、被控訴人の工場から燃料用タンクの製造に必要な金型など機械器具の引揚を行つたため、そのころ両者間のいわゆる下請関係が消滅したことが認められる。

しかし、本件証拠を検討しても、右下請関係の消滅が控訴人の一方的帰責事由のみによつて消滅したことを認めるに足りる証拠はないのみならず、本件契約が控訴人において単に背信行為があるというだけで直ちに解除権が発生するものと認めるに足りる証拠もなく、また、そのようなことを是認すべき法理も明らかではないから、被控訴人の右主張も採用の限りでない。

第三 以上のとおりであつて、被控訴人の本件仮登録抹消登録の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、通常実施権不存在確認の請求(当審において追加したもの)は理由がないから、これを棄却することとする。

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